気ままにゆるりと

小説書きます http://ncode.syosetu.com/n2805w/

カレンダー 

09≪│2017/10│≫11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

プロフィール 

No Name

Author:No Name
小説書きながら思ったことなどを中心に。
読んだ本の話とかもします。

最近の記事 

最近のコメント 

最近のトラックバック 

FC2カウンター 

閲覧者数の統計:
現在の閲覧者数:

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/-- --:--|スポンサー広告
 

2/16の日記 

作品に馬車を登場させようと思ったが、馬車というと国産RPGくらいでしか見たことが無くて、さっぱり実感がわかない。
そこでウェブで適当に検索してみることにしたが、やっぱりよくわからない。
そんなことで悩むのも馬鹿らしいので「駅馬車」を見ることにした。

「駅馬車」は1939年公開のアメリカ映画で、19世紀後半、西部開拓時代を舞台にした作品。
監督のジョン・フォードはアカデミー賞を四度受賞したことがあるらしい。
西部開拓時代が具体的にいつのことを指すのか知らなかったので豆知識が増えた。日本でいうと明治維新とか日清戦争の頃ね。その頃は都市間を馬車が走っていたんだなぁと、妙に感慨深く思った。
話がそれたけど、「駅馬車」は同じ馬車に乗り合わせた人間たちの映画だ。ロードムービーと言うことでいいのかな? 電車だったり、船だったり、自家用車だったり、時代とともに乗り物は変わるけど人気のあるジャンルだよねぇ。東海道中膝栗毛なんてのもある(未読だけど)。「旅は道連れ世は情け」とか、そういうの嫌いじゃないよ。むしろ好きだ。
乗客は気取ったギャンブラー、脱獄犯、飲んだくれの医師、妊婦、娼婦、実業家、ウィスキー行商人とバラエティーに富んでいて、しかも道中には荒くれモノのアパッチたちが待ち構えているという、なんとも娯楽度の高い設定だ。
あくまでエンターテイメントに徹しながらも、乗客たちのたどる運命を見れば、かなりバランス感覚の良い作品だと思う。けれどもアパッチが徹底的に残虐非道に描かれていたり、それでも黒人が出てこないあたりに時代を感じたりもする(当時はそれが普通だったのだろうから、とやかく言うべきことではないとしても)。
アパッチに追い立てられて、何頭もの馬に引かれた馬車が爆走するシーンは手に汗握るほど興奮するので、西部劇を見たことの無い人は、一度見てみても良いのではないだろうか。非常に面白いのでオススメ。

「駅馬車」を見て西部劇を見たことが無いのに気がついたのはご愛嬌。意外とそういうことあるよね。
これを機に古い洋画に興味が出てきて「ローマの休日」「レディ・イヴ」「怒りの葡萄」と立て続けに三本の白黒映画を見たんだけど、「駅馬車」の感想だけで結構書いてしまったので、他の作品については割愛。どれも面白かったけど、感想を書くのもなかなか大変なのだ。

「怒りの葡萄」についてはツイッターで感想を140字にまとめたので転載しておこう。
「怒りの葡萄」は行き過ぎた資本主義は労働者を押しつぶすという話を中心に、また難民や共産主義者へ対して1940年当時の人間がどのような意識をもっていたかを感じさせてくれる作品だった。半世紀以上も昔に撮られた作品ではあるが、現在の問題にも繋がっているので、見るべきところはあると思う。

大体こんな感じみたいだよ。
それではまた。
2012/02/16 20:42|日常TB:0CM:0
 

2/8の日記 

何もやる気がおきない日、というのがあって、どうしたものかなぁと思うのだけど、結局どうしようもないということはわかっているので、もはやどうにかしようという気力がない。

最初のころは心が泣き叫ぶようで、本当に苦しかった。
しかし、定期的にやってくるので、そのたびにいちいち泣き叫んでいたら、そのほうが苦しいと悟ったのか、それともただ単純に磨耗してしまったのか、それは定かではないのだけれど、とにかくじっとして嵐が過ぎ去るのを待つようになった。
葛藤の中でもがき苦しんでいるのか、それすらも定かではないのだが、とにかく動けないのだった。

困り果てた末に筆を取る。

本当にどうしようもない時、いやそんな時だからこそ筆を取る。
なぜだか知らないが文章を書いていると落ち着いてくる。
もしかすると、自分の中でぐるぐると渦を巻いているものが、文章にしてしまえば、いかにもちっぽけで、笑えてしまうくらいどうでも良いことだと思えてしまうからかもしれない。

考えは堂々巡りを繰り返すが、文章は見かけ上ループ構造を許さない。
それがいいのかもしれない。

誰のために書くのか。

小説でも、ブログでも、はたまたツイッターでもいいのだけれど、文章は全て自分のためにしか書けない。
思いを吐露するとはよく言ったもので、それは決して自分では飲み込めない。苦すぎる。
臭気を放つ汚物のような己の感情を目の当たりにして、凄く嫌な気持ちになる。

祈りと呪いとが本質的に同じものだと実感する瞬間だ。

呪われろ、呪われろ、呪われろ。呪われてしまえ。

目を背けたくなる感情の波に任せてひたすら呪詛の言葉を込める。
けれども、不思議なもので、ひとしきり呪詛を吐き出してしまうと、今度は唐突に祈りを捧げたくなる。
願いを託したくなってしまう。

誰に?
もちろん読者にだよ。

何かを伝えたいんだが、その何かが自分でもわかっていないから、困ったものではあるんだが。

新作のプロットは順調に進んでいるんだけどね。
それではまた。
2012/02/08 23:16|日常TB:0CM:0
 

1/31の日記 

 そろそろ新作を書きたいので、ネタ集めに奔走する日々です。
 ネタをどこから引っ張ってくるかというと、それは読んだ本だったり、ツイッターで流れている何気ない呟きだったりします。
 貧乏性なんですね。
 影響もされやすいです。
 困ったものです。

 やっていることと言えば読書くらいなので、その感想などを書いてみてはおりますが、実際のところ自分には何もわかっていないのですよ。真面目に何かに取り組むというのが酷く苦手で、不真面目に適当なことを書き連ねるのは凄く好きです。
 全く困った性分です。
 真面目に生きられない、というのはなかなかに困ったことなのです。
 小説やアニメ、漫画、ドラマ……何でもいいのですが、シリアスな場面で不意に笑ってしまうということが多々あります。笑い声をかみ殺して笑うのですけれど、他人にとっては奇異にうつるようで、また非常に気分がよろしくないようです。仕方が無いので一人でこっそり楽しむようにしています。

「道化師の蝶」(円城塔)を読みました。
 いまをときめく芥川賞受賞作です。
 私は円城さんの小説を読むのは都合四冊目です。
 書いてあることは何となくわかるような……やっぱりわかりません。
 一人でこっそり楽しんでいるのです。
 意味もわからず笑い出してしまうので、読むこと自体は止められないのですが、書いてあることを説明せよと言われても窮してしまいます。そんなふうに答え合わせをして悦に入りたい人は勝手にそうすればよろしいかと思います。

「フーコー 知と権力 (現代思想の冒険者たち)」(桜井哲夫)を読みました。
 私は現代思想のことはほとんど何も知りません。
 だからとにかく読んでみています。
 哲学の面白いところは、現実の捉え方が豊かになるところだと思います。
 思想に依拠して何かを語った気分にならないように、と常に自戒したいものです。
 物事を知らないことは恥ずかしいことではないと思っています。
 それは単に機会が回ってこなかっただけだと考えるからです。
 たまたま自分は時間を費やすことができるので、フーコーさんの考えを覗き見させてもらっていますが、それで何かが変わるものでもないような気がします。しかし、変化というのは自分でも気づかないうちに起こるものなので、それが作品にでも現れてくれれば丸儲けです。

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(村上春樹)を読みました。
 初村上春樹です。
 屈しました。
 村上春樹はできれば読みたくない作家でした。
 フォロワーが現れるほどの作家の作品には触れないに限ります。大変楽しく読めたのですけど、みんなが春樹を好き過ぎてつらくなりました。この気持ちをわかって欲しい。
 原液はつらいのですよ。

「昔話の深層」(河合隼雄)を読みました。
 昔話を心理学と絡めて解説しています。
 河合先生の本は四冊目ですが、物語を書く際に役立たないものかという邪な考えで読んでいます。
 深層がわかっていれば、表出させた形にして提示すれば、期待した効果を発揮してくれるはずですよ。
 ……はずだといいなぁ。ダメですかね。

 
 ブログは現状、備忘録の役目しか果たしていないですけど、そのうち作品の更新を始めるはずです。
 少しずつ書きたいものが形になってきているんですよね。
 次はファンタジーを書くつもりです。
 しかし「鋼の錬金術師」を読んでいると、気力が萎えそうです。
 ハガレン、面白すぎるよ……。

 本日は長くなりましたがこのあたりで。それでは。
2012/01/31 21:35|日常TB:0CM:0
 

1/26の日記 

毎日新聞jpのリアル30'sを読んだ。
三十代の人たちにインタビューをして、その世代のリアルな声を届けようという趣旨だと思われる。
(リアル30'sの)ツイッターアカウントでは「社会が悪い」と「自己責任」の対立構図。
僕は「社会が悪い」とも「自己責任」とも言いたくない。それを言ったとしても何も変わらないし、どちらにしても個人を見ていないという点については同じだから。

社会という漠然とした物について語ることはできないんじゃないか、という思いがある。
語れることというのは、せいぜい自分が目にした範囲のもので、自分のことについて語ることには抵抗は無いが、他人のことについて語ることにはどうしようもない抵抗感がある。
個人の尊厳を無視した越権行為のように感じるせいだ。

僕はできることならどこにも属したくないが、それは不可能なので、心理的な抵抗が邪魔をしない限りにおいては、なるべくマイノリティーなほうへ属するようにしたいと常々考えている。

「正しいもの」はいとも容易く「正しくないもの」を踏み潰すからだ。

笑いながら楽しそうに「正しくないもの」を踏み潰す集団を目にすると、たとえ正義、大義があろうとも、ただひたすらに嫌悪感が先に立ってうすら寒い思いをする。
そういうことをする人とは絶対にお友達になりたくないな、と思う。
個人と個人でやり合う限りにおいては特に何も思わないけれど。

今日書いたことは面と向かっては誰にも言えないことです。誰に言えばいいのかわからないことです。
読んでくれた人はありがとうございました。
2012/01/26 19:20|日常TB:0CM:0
 

星空のメモリア(雑感) 

星空のメモリアをコンプリートしたので雑感を。
一周目で二人が結ばれなかった理由が気になったので少しだけ考察しました。
メインルートであると思われる夢ルートを中心に話をするのでネタバレを回避したいかたはご一考を。

主人公の洋が抱えている問題というのは母子家庭ゆえに母親に甘えられずに育ったということ。
夢が抱えている問題というのは重病のせいで学校を離れなければならなかったということ。
この構造を軸に話が展開されます。
母子家庭=重病、母親=夢に置き換えればわかりやすいかと思います。
だから身もふたも無い言い方をするならば、洋が求めているのは母親の愛情です。
なぜ洋が二週目で夢と結ばれることができるのかというと、それは実の母の愛情を知るからです。
主人公の問題が解決したので、エンディングへ向かうことができるというわけ。
さて、それでは夢のほうへ視点を移しましょう。
夢は重病のせいで友達がいません。
だから洋が友人たちを病室に招いた時点で夢の問題は解決します。
病気かどうか、というのは実はそれほど重要な問題ではないんですね。
あくまで物語の構造上は、ですけど。
そう考えれば病気が治ったにも関わらず二周目をしなければならなかったのがしっくりきます。

……しっくりとはくるがっ!
納得がいくかどうかは別の話です。
洋と夢の問題をリンクさせて同時に解決しないと盛り上がらんでしょう。
そういうのが多すぎると思うんですよ。
両親が果たせなかった夢を子供たちが叶えるというテーマは素晴らしいです。
がっ!
それをやるなら十五年前の物語を伝聞ではなくてプレイヤー視点で描いて欲しいです。
悲劇に終わった親世代を教訓としてうんぬんみたいなのがもっとあってもいいじゃないですか。
いいと思うんですよ。
ねぇ、わかる? わかるかな? 言いたいことわかってくれるよね。

夢を忘れさせられた洋と、そんな彼に忘れられた明日歩という構図は良かったので彼女にはハナマル三つ上げようと思います。
明日歩ちゃん可愛いですよね。犬チックで。
茶太さんの歌うED「星空のメモリア」も好きです。

大体そんな感じです。
読んでくれた人はありがとうございました。

(もしかして読解間違ってるのかなぁ。何か気になることがあればご一報くだされ)
(恋心を若干無視しているような気がしないでもないですが、それなら一周目で終われるような気が……)
(成長してないね、と夢が言っているしなぁ)
2012/01/21 18:19|感想TB:0CM:0
 

1/9の日記 

年が明けて十日近くが経ちました。
本を読んで、エロゲをやって、また本を読む。という日々を過ごしています。
そんなわけで久々に本の感想やらを。

「シアター!(2)」(有川浩)
なんか人気があるみたいなので読んでいますが、僕は有川浩の良さはわからないです。
多かれ少なかれ作中のキャラクターに作者の思想は反映されるものだと思うのですけど、色濃く出過ぎている気がして、それが何よりも苦手です。同じ人間が口調を変えて芝居をしているようにしか見えないんですね。
それがいいと言う人もいるのでしょうけど、好きになれません。

「失楽園(下)」(ミルトン)
楽園を追放されるアダムとイヴのお話。
西欧圏の物語は父性原理で日本の物語は母性原理とか、そういう話を知りたくて読んでました。
「父と子と聖霊の御名において」というくらいですしね。
ところで一番の萌えっ子はサタンさまですよね。
むくわれない片恋慕をしている堕天使の王にニヤニヤします。
ぬか喜びしたあとで歯軋りしたりと見ていてあきません(まぁ、そんな描写はないんですけど)。

「デリダ 脱構築 (現代思想の冒険者たち)」(高橋哲哉)
ポストモダンで脱構築で相対化で二項対立で形而上学!
そのあたりのことを少し詳しく知りたくなったので。
哲学関係のものは主に創作のために読んでいます。
哲学者のことを知っていると、思想対立させやすいかなぁとか、大体そんな感じです。
「善悪の彼岸で溺れてろよ、クソ野郎!」とか言いたくないですか?
ニーチェも読まないといけませんね。ニーチェ読んだこと無いんです。すみません。

「マインド・イーター」(水見稜)
僕は飛浩隆先生のファンです。
マインド・イーターの帯には飛先生の推薦文があり、さらにツイッターでは金の流れを疑いたくなるほど(飛先生が)宣伝されておられます。
仕方ないね。

「晴れときどきお天気雨」(ぱれっと)※18禁
絢音ルート終わりました。絢音ちゃん可愛い。

「美少女万華鏡」(ωstar)※18禁
吸血鬼のキリエちゃんエロい。
あと変態教師が変態の名に恥じない変態っぷりで楽しいです。

それでは。
2012/01/09 17:43|日常TB:0CM:0
 

1/4の日記 

新年あけましておめでとうございます。
今年もできるだけまったりしていようと思います。

さて、新年一発目は取りとめの無い話を思いつくまま書くので、まとまりとかは期待しないでください。なんか適当に書きたい気分なんです。

運命共同体について。
死語だよね、というのが自分の中ではしっくりきます。
かつては存在していたのかもしれません。
そんなものは昔から無かったのかもしれません。
どうなんでしょうかね? まぁよくわからないんですけど。
とりあえず共同体で共有すべきストーリーはないなぁと思います。
直接触れてないので微妙なんですけど、東方とか初音ミクとかを見ているとそんな気分にしかなりません。
誰かにストーリーを用意してもらうのはもはや時代遅れなのかなぁとか、そういうことを考えるわけです。
どうしてそんなことを考えているかというと、これからもしばらくは小説を書こうと思っているからです。
で、そうするとストーリーをでっちあげなければいけないんですけど、ふと疑問に。
「あれ……ストーリーいらなくね?」
何を言っているのかわからないかもしれませんけど、明確な目的なり目標に向かって収束していくような話はもういいんじゃねーかな、という思いがあります。
なんとなく時代に逆行しているようにしか思えない。

中央から周辺に情報が流れていくという図式がちょっとアレになりつつあるんで、中央集権的なもん書いてもアレだよなぁとか、そういうことを考えたりもするわけです。

まぁ勝手に思ってるだけなんですけどね。
デリダについて書かれた本を読んで脱構築でもお勉強しますかね。

なんかホントにとりとめのない話でした。
すみませんね。こうやって思考を整理しないと新作が書けないものでして。
それではまた。
2012/01/04 22:42|日常TB:0CM:0
 

作者のあとがき 

思いつきで始めたらいつまで経っても終わらなくて吐きそうになりました。
キバヤシです。

90s nostalgia(90年代の郷愁)はタイトルの通り、懐古趣味に走った作品です。
けれども「昔は良かった」なんて死んでも言いたくなかったのであんな作品になりました。

作者は苦しく楽しく自分勝手に書いていました。
読者のことは知りません。
作品は生み出した瞬間は私のものですが、読み解くのは読者だからです。
好きに書くので好きに読んでください。
それでお互いに楽しめれば、こんなに幸せなことはないと思います。

次回作の構想は全然練れていないので、二ヶ月とか三ヵ月後にこっそりアップし始めるのではないでしょうか。
買ったままで放置してあるゲームや小説を消化しながら、まったり新作のプロットを考えようと思います。

最後になりましたが、こんなところまで読んでくださった方々へ。
どうもありがとうございました。
2011/12/22 05:40|日常TB:0CM:1
 

12/17の日記 

キリがいいところまで更新したら二話掲載になってしまいました。
http://ncode.syosetu.com/n2805w/

ストックは全く残っていないのでエピローグは一週間後くらいにアップできればいいかな、と思っています。
……更新し過ぎたせいでブログで書くことが本気でありませんね。

第三コーナーを回って、ラストの直線に入ったあたりで突然アクセス数が増えるなんて、幸せな作品だと思います。
それくらいしか言葉が出てきません。

それではまたお会いできることを信じて。
2011/12/17 12:55|日常TB:0CM:0
 

12/15の日記 

小説のアクセス数が突然伸びて驚いております。
具体的に申しますと、12/13までは閑古鳥が鳴いておりまして「誰が読んでるんだろう? まぁいいか。ははっ」と思っていたら、12/13に突如「誰が読んでんの!? ハァ!?」という状態になってですね。
都合三ヶ月以上更新していたわけですけど、12/13以前よりも、それからの二日間のほうがアクセス数が多いんですね。
あ、いえ……読んでくださるのはありがたいことなのでいいのですけれど、私のブログには18禁リンク(ただし二次元に限る!)が山ほど張られていたりするので、わざわざこちらまでご足労いただいたかたには目の毒かもなぁと思ったりもするわけです。
読者の年齢、性別、その他一切について私にはわからないですからね。
一番わからないのは、急にアクセス数が伸びたことなんですけどね。
実は「小説家になろう」のシステムもよく把握していません。
どこかで晒されでもしたのかなぁと思い、2chをのぞきにいったりもしてました(笑)。
まぁ読まれた方々が楽しんでいただければ、何でもいいです。

そんな感じで小説の更新を続けております。→http://ncode.syosetu.com/n2805w/

もしかして性転換モノが好きなだけですかね。
私は好きですよ。性転換モノ。
最近だと「僕と彼女の×××」(森永あい)が楽しかったです。

それではまた。
2011/12/15 17:37|日常TB:0CM:0
 
ブログ内検索 

RSSフィード 

Copyright(C) 2006 気ままにゆるりと All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。