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小説書きながら思ったことなどを中心に。
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2/8の日記 

何もやる気がおきない日、というのがあって、どうしたものかなぁと思うのだけど、結局どうしようもないということはわかっているので、もはやどうにかしようという気力がない。

最初のころは心が泣き叫ぶようで、本当に苦しかった。
しかし、定期的にやってくるので、そのたびにいちいち泣き叫んでいたら、そのほうが苦しいと悟ったのか、それともただ単純に磨耗してしまったのか、それは定かではないのだけれど、とにかくじっとして嵐が過ぎ去るのを待つようになった。
葛藤の中でもがき苦しんでいるのか、それすらも定かではないのだが、とにかく動けないのだった。

困り果てた末に筆を取る。

本当にどうしようもない時、いやそんな時だからこそ筆を取る。
なぜだか知らないが文章を書いていると落ち着いてくる。
もしかすると、自分の中でぐるぐると渦を巻いているものが、文章にしてしまえば、いかにもちっぽけで、笑えてしまうくらいどうでも良いことだと思えてしまうからかもしれない。

考えは堂々巡りを繰り返すが、文章は見かけ上ループ構造を許さない。
それがいいのかもしれない。

誰のために書くのか。

小説でも、ブログでも、はたまたツイッターでもいいのだけれど、文章は全て自分のためにしか書けない。
思いを吐露するとはよく言ったもので、それは決して自分では飲み込めない。苦すぎる。
臭気を放つ汚物のような己の感情を目の当たりにして、凄く嫌な気持ちになる。

祈りと呪いとが本質的に同じものだと実感する瞬間だ。

呪われろ、呪われろ、呪われろ。呪われてしまえ。

目を背けたくなる感情の波に任せてひたすら呪詛の言葉を込める。
けれども、不思議なもので、ひとしきり呪詛を吐き出してしまうと、今度は唐突に祈りを捧げたくなる。
願いを託したくなってしまう。

誰に?
もちろん読者にだよ。

何かを伝えたいんだが、その何かが自分でもわかっていないから、困ったものではあるんだが。

新作のプロットは順調に進んでいるんだけどね。
それではまた。
2012/02/08 23:16|日常TB:0CM:0
 
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